酒は燗、肴は刺身、酌は髱

我が身の色をお隠しでないよ、着の身着のまま、ええじゃないかえ

『ぼくは麻里のなか』読破した

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読破した。

2巻だけ読んだタイミングで前に一回記事を書いているのだけれど、ようやく。

で、すーばらしかったのですね。めちゃくちゃ泣いてしまった。傑作云々という以前に、私的に大好きな漫画になりました。押見修造先生の筆致で描かれる麻里が美しくてかわいそうで愛おしくて、前の記事で『ツインピークス』のタイトルを出したけれども、読破した今、ぼくの心のなかのローラ・パーマーという呪われた名前の隣に、吉崎麻里というひとりの女の子の名前がしっかりと刻まれたのでした。(本家ツインピークスは新シリーズが今、たいっっっっへんなことになってますがね!!その話はまた)

 

 

 

 

以下作品の紹介をしますが、内容にも触れているので気にする方はここまでにしてくださいね。一応未読の方でも読んでいただけるよう本質には触れていないつもりですが責任は取りません。ただ、この作品はネタバレしたからつまらなくなるという類の漫画でもないとは思います。

 

 

 

 

前半は見る見られるの視線劇なのですね。麻里を安全圏から観ていた小森は麻里に見返された瞬間に麻里のなかに入ってしまう。麻里のなかの小森が本物の麻里を探す視線、麻里の体で暮らすなかで周囲の人々が麻里を見る視線、そこに現れる、小森と同じように麻里を安全圏から神格化して眺めていた柿口依の視線。この、安全圏から傍観するというのがポイントで、触れ合うのは怖いから密な接触は避けて、ただ傍観するのです。ちなみに我々がフィクションに対して注ぐ視線も、いわばこの視線ですね。

小森は、麻里の体で生活するうちに、周囲の人々から注がれる視線の違和感に気づきます。みんな麻里の表面しかみていない。内面まで届く眼差しをくれる相手はいないことに気づくのです。依も例外ではありません。彼女がいなくなってしまった麻里を探す理由は「私の憧れの、こころの支えの、いつ見ても美しい麻里が変わってしまったから」です。最後まで読めば彼女の動機が身勝手なものだったことは明らかですね。前半はこの、微妙にズレた視線の交錯と、得体の知れない何かに見る或いは見られる恐怖いうモチーフを軸に、非常に丁寧な演出でサスペンス的な展開をしていきます。

しかし、ある時期から、この視線はむしろ内面へ内面へと注がれることになります。麻里はどこにいるのかではなく、麻里とは誰なのかという視線です。またこのころから、身体的な接触のモチーフが繰り返し描かれるようになります。その先には、麻里が誰なのかという“真実”の追求からは別のベクトルにある、肉体の接触が先に立った、生の特別なコミュニケーションが発生します。依が麻里のことを、「小森」と呼ぶことが増えてくるのは象徴的です。そのコミュニケーションが物語を引っ張って、後半は前半のサスペンス感とはまた少し違った方向へ転がっていくのです。果たして麻里はどこへ、そして何故消えてしまったのでしょうか。

 

 

最後の方のことは書きませんので読んでくださいね。ここから下は完全無欠のガチネタバレ感想としますのでご注意を。

 

 

 

 

 

 

 この作品の勝因は、ある種古典的でさえある二重人格者の物語を、昨今のサブカルチャーの流行である精神入れ替わりという題材にミスリードさせたことにあるだろう。このトリックにいつ勘付くかというのは人によると思うが、ぼくは7巻くらいでようやくもしかしたらそっちなのかと思い始めたくらいで、完全に作者の術中にハマった類の読者である。このミスリードを引き延ばすために、作者はありとあらゆる手を使っている。この工作は六巻あたり、麻里からの電話が実は変声期を使った小森のイタズラだったとわかるあたりまで続く。ネットで拾ったエロ小説を自分で音読して変声して女声にしてオナニーしてたという小森はそりゃもうひどいもんだが、そのダメさ加減こそがポイントなのだ。ダメダメだけどどこか憎めない、他人として頭ごなしに切り捨てられない愛らしさをもつ小森(麻里)と、どこかへ消えてしまったミステリアスなヒロイン麻里という2つの存在が1つに収斂していったとき、その吉崎麻里というキャラクターは多面的でとてつもなく魅力的な人物となる。もちろん押見先生の絵が異常に美しいというのは前提として。

そして最後に麻里は、自分を取り戻し未来へ歩いてゆく。不完全な存在として、不完全な時間の中に生き続けることを受け入れる。遊園地で楽しく遊ぶのを切り上げて観覧車に乗ることを決意したときに、麻里の時計はすでに再びどうしようもなく動き始めていたのだ。

このブログに何度も書いてますけど、こういう話、僕の1番好きなやつですからね。ていうかこれ実質つばさタイガーじゃないですか?てことは実質羽川翼だし、つまり実質僕ですよね…………(完)