酒は燗、肴は刺身、酌は髱

我が身の色をお隠しでないよ、着の身着のまま、ええじゃないかえ

elmo-ponanza

ゴールデンウィークは世界コンピュータ将棋選手権の季節。今年で27回を数える。

主要大会4連覇中の絶対王者ponanzaが、新たにディープラーニング技術を将棋プログラムとしてはじめて実用化したponanza chainerは、下馬評では圧倒的な優勝候補筆頭だった。しかし、そのponanzaを抑えて優勝したのはelmoという新興ソフト。開発者の大瀧さんの優勝後インタビューによると、大会前にponanza開発者の山本さんに「elmoがponanzaに勝つ可能性は5%」と言われたらしい。そのくらい、前評判ではelmoが優勝すると思っていた人なんて誰もいなかったということ。実際はelmoの2戦2勝だったので少なくとも5%ということは無いだろう(山本さんはインタビューの壇上に上げられてその件について謝らされていた笑)。また、大会直前にコンピュータ将棋のインターネット対局サイトfloodgateに、monkeymagicという名前の正体不明のアカウントがあらわれ、トップクラスのレーティングを記録したことが一部のコンピュータ将棋ウォッチャーの間では話題となっていたが、その正体がelmoであったことも大会中に明かされた。

 

前置きはこのくらいにして、ponanza対elmo、決勝リーグ総当たりの最終戦全勝対決、当然ながら勝った方が優勝という一局。この将棋を幸運にもリアルタイムで観ることができた。久しぶりに将棋でここまで感動したので、すこしメモを。(自称)初段くらいの私の書く解説なんてなんの価値もないことは明らかだけれど、そもそも地球上にelmoとponanzaより将棋が強い存在はどこにもいないので、なら誰が書いても一緒と開き直ってみる。(elmoはフリーソフトなので彼自身に聞いてみることは出来るのだけど)

 

先手elmo後手ponanza。戦型は角換わり相腰掛け銀。後手が61金を置いたまま駒組みしており、前の記事で載せた藤井羽生戦のような先手45桂ポンの早仕掛けを最大限に警戒している。コンピュータが45桂を非常に有力と評価していることがわかる。1図47銀と金銀の連結が離れ先手が仕掛けづらくなったのを見てからようやく62金と右金の形を決める。

 

1図

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 すこし進んで2図。先手陣の78玉58金左型が奇異にうつるが(69飛を含みにした?)、それ以外は先後ともにプロ棋界でも最新流行形といってもいい形。後手から85桂と仕掛けた局面。個人的には、先手が19飛車と回った瞬間に85桂の仕掛けはタイミングが良いように感じる。先手の16歩という攻めは手数がかかるし、かといって45歩とも突きづらいので(同歩同桂は飛車を素抜かれる)、先手としては攻め合いを目指しにくいタイミングだからだ。しかも78玉型が7,8筋の攻めに対して当たりが強く、素人としてはこの局面は後手が指しやすくてもおかしくないように感じてしまう。

 

2図

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この後、先手は7筋の攻防を一旦収めて、1筋から反撃に出ることになる。私の目には、それしか手が無いから仕方なくといった類の攻めに見える。17飛と浮くことで角の当たりを避けてからさらに4筋を突くが、後手はその間に1筋で攻め合い目指す展開に。

 

3図

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3図は先手が1筋を凹んで受けたのを見て後手も4筋を受けた局面。盤面左右の小競り合いが一旦収まったここからの数手が、人智を超えているとはまさにこのこと、という凄まじい指し手であった。平仮名と漢字で書いてあるのに日本語と認識できない文字列のような空恐ろしさすら感じる。しかし、その後の展開を注視してみると、あくまで僕の解釈ではあるが、おぼろげながら信じがたいほど緻密なelmoの構想の片鱗が見えてくるような気がする。

 

3図からの指し手は

19角76歩同歩52金18飛12香75銀同角45桂同銀同銀97歩成同歩同角成同香同香成同桂17香

 

笑いが止まらなくなるような手順だが、私なりの解釈を述べるなら、「お互いが相手の攻めを誘っている」ということだ。

 

まず19角。確か、角換わり腰掛け銀の定跡形で先手が19に角を打つ展開がある。ただし、その19角は後手の64の歩と73の桂馬と82の飛車を狙って打つ遠見の攻めの角であり、elmoの19角とは全く違うだろう。elmoの19角は、少なくとも一部分は受けの手で、28角成を消して次に45桂と跳ねられるようにしたんだろう。elmoは恐らく「次にこちらから45桂がありますよ。先に攻めなくていいんですか?」と伺いを立てているのではないか。

ponanzaはそれを見て7筋の突き捨てを入れた後に52金と形を整える。52金以下18飛12香とお互いに先攻の権利を譲り合うような形を整えあう手待ちの応酬となる(12香に至っては純粋な一手パスか、微マイナスの価値の手だ)。

12香の後のelmoの手順は私的にはこの将棋で最も衝撃的な3手である。75銀同角45桂。一見すると手待ちの応酬にしびれを切らしたelmoが先に攻めかかったようにみえる。しかしよくみると、19角が効いていて後手の角の逃げ場が無くなっているのだ。銀を捨ててから桂馬を跳ねるという手順は思いもつかないが、これで後手の角は行く場所が無いため、ponanzaは桂馬を食いちぎったあと角を97に突っ込んで端を突破する。

そして香車を手にしたところで17香。この手の意味は難しくない。飛車を2段目からズラして受けの横効きが無くなった瞬間に猛攻を仕掛けようということだ。ただし、この香を打ったらもう後戻りはできない。局面はponanzaの攻めelmoの受けという構図が決定し、攻めが続けばponanzaの勝ち、攻めが途中で止まればelmoの勝ちという将棋になっている。

 

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ここで思い返してみてほしい。この盤面に誘導したのはどちらだったのか。ponanzaが攻めかかったのか?違う。elmoが75銀から45桂で駒を渡して攻め“させた”のではないか。巧妙に後手の角の退路を封じていた19角は3図の局面で打ったものだが、もしやあの図の時点で、この展開で先手良しを想定していたのだろうか。信じがたい話である。実際、一連の手順の中で後手は銀桂香を手にしているが、それだけ渡して攻めさせて、それでも受けられるという判断をelmoはしているのである。生放送を観ていた限りでは、この局面での評価値はelmoとponanzaともに自分が少し良いと判断していたようだ。elmoは受けが効くと思っていたが、ponanzaはこれだけ駒を貰えば攻めになると思っていた。こういう主張のぶつかりあいは勝負を観ていて一番興奮する時である。ましてや攻めているのは鬼のような攻め将棋で恐れられている絶対王者ponanzaなのだ。

しかし、結果的にはelmoが正しかったようだ。この後は、ponanzaの猛攻をelmoが2度の79香や89銀の打歩詰の凌ぎなどの妙手の連続で受け続け、78玉の顔面受けが決め手となり先手勝ちとなった。

 

5図 先手受けきり

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以上が私なりのこの将棋の解釈である。

 

将棋ソフトが1年で前の年のバージョンに95%勝つペースで強くなり続けている今、この対局は将棋というゲームが生まれて以来最もレベルの高いもののひとつだろう。今みておいて損は無いように思う。