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酒は燗、肴は刺身、酌は髱

我が身の色をお隠しでないよ、着の身着のまま、ええじゃないかえ

「諸君、脱帽したまえ。天才が現れた」

「諸君、脱帽したまえ。天才が現れた」

とは、若きショパンをウィーンの楽壇に紹介したシューマンの有名な言葉。

 

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上記は、将棋の藤井聡太四段が昨年9月に史上最年少の14歳2ヶ月でプロデビューを決めた際に、歴代の元中学生プロ棋士が贈ったコメント。いずれの4人も一時代を築く活躍を果たした名棋士である。

 

それから半年以上が経過した現在、藤井四段はデビュー戦から負け無しの公式戦13連勝を達成し現在も連勝継続中である(従来の記録は10連勝)。これも異常な記録なのだが、それ以上に特筆すべきはAbemaTV企画の非公式戦『炎の七番勝負』において、レーティング的に見てもプロの上位2割に入る強豪7人を相手に6勝1敗という結果を残したことである。(デビューしたての新四段はトーナメントや各リーグ戦の一番下に入るので、公式戦ではしばらくトップ棋士と当たらないため)

 

もちろんただ1局羽生に勝ったというだけを取り出して騒ぐのはナンセンスである。勝負事なのでそれなりに実力差があっても下位者が勝つことは十分にありえる。しかし、将棋の内容を観ればそれが全くの間違いであるとわかるだろう。3局目斎藤戦の11銀不成から22銀成の絶妙手順にみられるような一瞬の切れ味、才能の煌めきもさることながら、6,7局は佐藤康光羽生善治という最上位棋士を相手に序盤から全く緩みのない圧勝と言える内容であったことが何より驚かされる。

 

特に第7局対羽生戦は、角換わりの最新形。38銀49金型からの25歩33銀45桂の早仕掛けの成立の可否は、ここ数ヶ月のプロ棋界における重要テーマのひとつだった。しかし、45桂以下22銀24歩同歩同飛42角34歩23銀35飛(ここまでごく自然な進行)の局面で44歩と突く手は、この将棋(と先日の糸谷康光戦)で、無理筋との結論が出たのではないか。おそらくこの44歩はプロの公式戦でもう指されることが無い手になったと思う。そのくらいこの後藤井羽生ともに悪手が無く、それでいて気がついたら藤井良しになっているというような展開だった。感想戦によると羽生にもいくつか変化の余地はあるものの、元の設定が悪いことには変わりないだろう。

 

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参考図 後手44歩の局面

 

つまりこの将棋は、序盤のわずかなリードを完璧に守りきった将棋だった。逆に言えば、長い中盤戦のねじり合いや、複雑な終盤の攻防を藤井四段が力で制したというような内容ではない。なので必ずしも羽生が力負けしたとは言い切れないだろう。しかし、藤井四段の序盤から終盤まで隙のない驚くべき完成度の高さがよくあらわれた将棋とも言える。

羽生や渡辺のデビュー当時のことはもちろん知らないが、しかし話を聞くに「序盤は雑で、粘って粘って中終盤で逆転する将棋だった」という人が多い。それもそのはずで、将棋の序盤は終盤にくらべて知識と経験による部分が大きく、14,5歳の中学生プロには絶対的な経験値が足りていないからである。それでも勝てていたのは圧倒的な中終盤の力があったからに他ならない。しかし藤井四段はむしろ序盤でトッププロに差をつけてしまうほどで、そこが本当に恐ろしい。少なくともデビュー当時の羽生より強いのではないか(これは羽生本人も言っている)。

 

さて、44歩と突けば、以下71角72飛53桂成同金同角成同角85飛82歩25飛までは変化の余地無く進む。

 

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つまり上の図での形勢判断がこの将棋のキモとなっている。この盤面、駒割は金と角桂の交換で後手が大きな駒得。しかし先手が四歩を手持ちにしているのに、後手は2歩損の歩切れである。これをどう判断するか。

どうも、旧来的な価値観を持っている年長のプロは、この盤面は先手からすぐの厳しい攻めが無いため駒得が活きて後手不満無しとみる傾向にあるようだ。実際、46歳の羽生もそう考えてこの図は進めているはずである。堅い+攻めてる+切れない=勝ちやすい という現代将棋の黄金方程式を将棋界に持ち込んだ渡辺明でさえ、「私も竜王戦でこの変化を読みましたが、後手が悪いとは思えませんでした」と解説している。

しかし藤井四段は、この盤面で先手十分と考えている。それは読み云々ではなく感覚でしかない。彼はちょっと強くて若いだけの新四段というレベルの棋士ではない。まぎれもなく、新しい世代の新しい価値観を将棋界に持ち込む存在になるだろう。おそらく今後10年藤井四段が大活躍をするとともに、プロ棋士の将棋観は大きく変わるに違いない。谷川浩司光速の寄せが終盤の速度感覚を一新し、その後羽生善治らの正確な中終盤によって、将棋は序盤で小さなミスをしただけで終わってしまうゲームになった。渡辺明は前述のように「勝ち」ではなく「勝ちやすい」という概念を生み出し、将棋を最善手というある種の真理を探索するゲームから、勝負としてベターな選択を積み重ねるゲームへと質的に変化させた。藤井四段は歴代中学生棋士のように、棋界に変革をもたらす存在であることを既に自ら証明したのだ。

 

 

前置きが長くなったが、それではこの動画を紹介したい。

 

史上最年少棋士、強さのルーツに迫る実家訪問インタビュー | 藤井聡太四段 炎の七番勝負 | 将棋チャンネル 【AbemaTV】 - YouTube

 

中学生ばなれした落ち着いた受け答え、幼少期から将棋に打ち込んできたエピソード、「もっと強くなりたい」「これからが大事」といった頼もしすぎて涙が出てくる言葉たちの中で、一際異彩を放っているのはそう、“積雪深”……

 

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音楽も小説も漫画も映画も何も知らない。5歳のときから将棋だけに夢中で、得意なことランキングの、一位が詰将棋、二位が将棋、三位が詰将棋を作ること、という彼がよくチェックするサイトが、気象庁の積雪深のページ……… あまりの面白ぶりに、一部の将棋ファンの間では、藤井といえば酸ヶ湯酸ヶ湯といえば藤井という認識が固まりつつある。どうすれば彼の保護者になれるだろうか。悪い女に騙されないように将棋と積雪深に集中できる環境を整えてあげたい。たまの休みには酸ヶ湯に連れていってあげたい。

藤井くんの初タイトル戦の折は是非、酸ヶ湯温泉で対局を!