酒は燗、肴は刺身、酌は髱

我が身の色をお隠しでないよ、着の身着のまま、ええじゃないかえ

『寿司 虚空編』或いは"豊かさ"について

更新をすっかりサボっていたものだけれども、やはり文章力というのは筋力のようなもので、書かなければ鈍るという単純な仕組みになっているわけであるから、思いつくまま書き散らかしていこうとは思う。

 

漫画というメディアはありとあらゆる創作ジャンルを見渡したとしても、極めて表現の自由度の幅の広いものだと思う。それは、ビジュアルと文字という両方の強力なツールを十二分に使えるからだし、オノマトペ漫符やコマ割りといった漫画的文法も十分に発達しているというのもあり、かつ個人作家のコントロール可能域に必要なリソースのサイズが留まるということもあり、かつこの日本においては市場が発達しておりメジャーシーンはもちろん相当にマニアックな作風であったとしても商業ベースに乗りうるという環境のためでもある。

 

しかしこの『寿司 虚空編』はとびきりである。

 そもそも、『寿司 虚空編』という題から何を連想されるだろうか。虚空、という不穏な二字熟語に目をやりつつも、昨今隆盛を極めるグルメ漫画のちょっと変わったやつだと思うのが自然なのではないか。

しかし実態はこうである。

 

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何が起こっているかというと、寿司屋の頭領の娘の幽霊がふぃっしゅ数をひたすら展開している。左ページのウネウネの1行1行が数式で、ちなみにこの式の展開はあと10ページひたすらに続く。

何を言っているのかわからないとは思うが、大丈夫、読んだところでさっぱりわからない。

 

 

本当にわからない。本当にわからないのだ。

先ほどの写真は第2話なのだが、グラハム数を扱った1話はまだ、まだギリギリついていけていなくもなくもなくもない……??ような気もしないこともなくもなかった。しかし、ふぃっしゅ数が出てくる2話の時点で完全にお手上げで、アッカーマン関数……??って何……????

僕が数学弱者というのを差し置いたとしても、高校数学をちょっと真面目にやったくらいじゃさっぱり理解できない数論が怒涛の勢いで展開されていく。

 

さらにわからないのはこの漫画が大大大前提にしている、巨大数=ヤバい=強い=スゴい=カッコいい、というロマンである。僕は数論の美しさとかは結構好きで、生まれ変わって才能があったら数学者になりたいと思っているくらいではあるのだが、巨大数というジャンルに一定のマニアがいることは寡聞にして知らなかった。そもそもおそらくこの漫画が寿司屋(亜空間と接続している)の設定になったのだって、ふぃっしゅ数を考案したふぃっしゅっしゅ氏に由来するのだと思う。数がデカイ、それも人類の脳味噌では想像することさえ難しいくらい、とにかくただただデカイ数をあらわす……ロマン……… わかるような、わからないような………

 

 

これほど強烈にわからないものに触れるということは滅多にないが、しかしこれこそが豊かさというものではないか。自分が想像さえしなかった宇宙が現に存在し、そこを飛び回っている人々がいるという事実。買ってる僕がいうのもなんだけど、こんなの誰が読むんだとしか思えないのに、こんな漫画がちゃんと出版されてしまう、そして2刷がかかってしまうという事実…… そういうことに常に意識を向けて、この世界にたくさんあるであろう、僕らのまだ知らない美しい物事を見つけていきたい。