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酒は燗、肴は刺身、酌は髱

我が身の色をお隠しでないよ、着の身着のまま、ええじゃないかえ

玉頭戦

ぽんぬふ

将棋を観ていて1番楽しい瞬間の1つが玉頭戦だというのは、一部の将棋ファンの間では共通認識としてあるのではないか。

 

玉頭戦とは、お互いの王様の頭上で起こる戦いのこと。最初から玉頭戦がはじまることは稀で、基本的には盤のあちこちで激しく戦った後に玉頭戦になだれ込むということが多く、激戦の代名詞でもあり、手数も長くなりやすい。また、接近戦のためとにかく相手より多く盤上に駒を配置することが重要で、駒の価値を度外視した手がよくあらわれるため、玉頭戦を制するには独特の感覚が必要と言われる。手数が長くなると必然持ち時間が残り少ないことも多く、秒読みの難解な最終盤でプロが人生かけて指す将棋は感情を揺さぶられるし、玉頭戦特有のノーガードの殴り合いのような迫力もあって、すさまじい勝負が観られることが多い。玉を囲う位置が近い関係で、基本的には居飛車振り飛車の対抗形の将棋であらわれやすい。

 

・第43期女流名人戦五番勝負第5局 上田初美女流三段 対 里見香奈女流名人(2017)

 

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上図は先日の女流名人戦最終局。駒がさっぱり無くなった右辺と161手目という手数を見れば、大熱戦の雰囲気を感じとれると思う。これが玉頭戦の醍醐味。居飛車穴熊ゴキゲン中飛車の将棋だったんだけどそんな形跡どこにも無くなっている。結果は202手までで里見女流名人のタイトル防衛。

 

 

・第13期竜王戦七番勝負第3局 藤井猛竜王羽生善治四冠(2000)

 

玉頭戦の将棋で最も有名なもののひとつかもしれない。「一歩竜王」という通り名が付いている一局である。

 

1図

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1図、先手四間飛車高美濃対後手居飛車天守閣美濃から中央で戦いが起こり、後手が86歩と突いたところ。これで先手は8筋の受けが無い形で、部分的にはかなり苦しいようにも見えるが、藤井はここから25歩と玉頭に手をつけていく。

 

2図

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後手は中央を突破したが、玉まわりには火がついている。ここで羽生は66角と攻防に効く角を打ったが、これではおそらくまだギリギリ先手玉は詰まない。最終盤にも関わらず、ここで藤井の指し手はじっと歩を取る86歩。1図の局面、実に30手前に突き捨てられた歩を拾うだけの一手だが、これで持ち駒に歩が1枚入ると、なんと後手玉は受け無しになっている。以下先手玉は詰まず後手玉は必至で先手勝ち。藤井は竜王のタイトルを防衛し竜王3連覇を達成した。これが「一歩竜王」の通称の由来である。

先の里見上田戦が殴り合い取っ組み合い髪の毛引っ張り合いの大喧嘩なら、この藤井羽生の将棋は達人の居合抜きのような美しさすら感じられる将棋である。1図のような素人目には全然ダメに見えるところまで相手の攻めを引きつけに引きつけてから、一撃で相手を斬り捨てる。トドメの一手が「最初から見切っていましたよ」と言わんばかりの86歩というのもカッコよすぎるところ。一度でいいからこんな手を指してみたい。なんにせよ、一般にカウンター狙いの作戦と言われるノーマル四間飛車の究極形に近い見事な棋譜

あと、居飛車天守閣美濃は囲いの特性的に玉頭戦になりやすい。今だとあまり採用されない作戦だけれど、2000年当時は藤井システム全盛時代で、その対策に苦慮した居飛車側の作戦の一案としてそれなりに指されていたのだろう。玉頭戦マニアとしては再興を期待したい。

ちなみに、この敗戦に懲りたのかは知らないけれども、羽生先生は色紙などに「一歩千金」の字をよく揮毫する。そして僕は羽生先生直筆の「一歩千金」の入った扇子を持ってます!!!自慢!!! 

 

 

・第43期棋王戦五番勝負第3局 佐藤天彦八段 対 渡辺明棋王(2016)

 

昨年の棋王戦は番勝負を通して本当に質の高い戦いだった。第4局は僕の将棋観戦史上ベスト1の名局だったと思っていて、最終盤の渡辺の77桂打はリアルタイムで観ているとき魔法にかかったかのような心もちがした。精査した結論としては77桂に実戦の85桂で代えて85金、以下34飛45玉46歩に56玉と躱さず同玉と取っていれば佐藤勝ちとのことだったが、それは勝負とは別のお話。

 

参考図 渡辺の77桂

 

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第3局も第4局に劣らぬ名局で、玉頭戦マニアかつ居飛車党の裏芸振り飛車マニアとしても抑えておきたい将棋。

 

1図

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ゴキゲン中飛車対超速37銀銀対抗相穴熊の将棋で、中盤戦から終盤の入り口までは先手の佐藤の完勝ペースかと思われたが、1図の局面、飛車を取れるところでじっと我慢し83銀と打ち付けて囲いを補強した手が印象に残る一手。この辺りを境に、先手が悪手を指したようにも見えなかったにも関わらず、形勢は後手に傾いていく。

 

2図

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穴熊特有の側面の削りあいを経たのち、ここで渡辺は序盤にのばした85歩型を活かして86歩と玉頭戦を仕掛ける。この局面ではおそらくはっきり後手有利になっているのだが、ここからの佐藤の粘りもものすごく、このあと75手にわたる熱戦の末170手までで佐藤の投了、渡辺勝ちとなった。

 

 

 

・第71期A級順位戦7回戦 三浦弘行八段 対 羽生善治三冠(2013)

 

渡辺佐藤戦は、美濃囲いの対抗形だけでなく相穴熊でもすごい玉頭戦が観れるよという例のつもりだったが、ごく稀に相居飛車の将棋でも玉頭戦はあらわれる。

最近だと昨年の王座戦挑戦者決定戦、糸谷哲郎 - 佐藤天彦などもすごい将棋だったし、佐藤の最後の72銀打には泣いた。銀を打っても打たなくてもアマ10級でもわかる三手詰がある、ようは全く受けになっていない指す必要の無い手で、普通はそういう手は指さずに投了するのだが、それでも投げられずに打った銀に、大一番に懸けるトッププロの執念を感じて感動した。

 

参考図 72銀の局面 (82銀打同歩同銀成までの簡単な三手詰が受かっていない)

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話がズレすぎた。とりあえず紹介しようと思っていたのは、三浦先生の将棋。三浦先生いろいろあったけど本当に素晴らしい棋士なので。

 

1図

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矢倉脇システム先後同型から先手が先攻する定跡形の将棋。後手も反撃に出て激しい攻め合いになった局面。ここから31飛52玉43金62玉53金72玉と後手玉を左辺へ追い込んでいき、一気に激しい玉頭戦へなだれ込む。相居飛車からの玉頭戦はこのなだれ込む感じがアツい。

 

2図 終局図

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特にこの将棋は9筋で玉が向かい合ったため、常に開き王手や逆王手の筋が水面下に潜む超超難解な終盤戦となった。詳しい変化は調べてもらいたいが、この本当に見応えのある攻防を制したのは三浦八段で、結果的に8勝1敗で名人挑戦を決めた羽生についた唯一の黒星となった。三浦自身は7勝2敗の2位だった。

 

 

…あまりに長くなったのでこの辺にするけど、とりあえず棋譜さえあれば無限に書ける上に、将棋の話を書くの超楽しかったので、いい将棋を観たらまた。四間飛車名局集とか、加藤一二三名局集みたいなのもいいけど、玉頭戦名局集のような序盤の戦型や棋士の名前でくくれない棋譜集もどっかから出してほしい。